今、新渡戸稲造の武士道を読んでいるが、かなり難しい英語である。
何しろ、概念として説明するのが難しい武士道をあえて説明しているのだから難しい文章になるのは仕方があるまい。
この英文を読むにあたり、私は二つの日本語訳を用意した。
矢内原氏のものと櫻井氏のものである。
どちらも現代の文章とは一味違う文語調である。
櫻井氏のは完全な文語文。
この手のものは、まず旧漢字、歴史的仮名遣いに慣れないとどうにもならない。
また、この手の言い回しに慣れないとなかなか読み込めない。
しかし英文解釈ですごく大変だから、この手の訳も何度も読むことになる。
すると最近、慣れてきた。櫻井氏のバリバリの文語文も自分にとっては読みにくいものでは なくなってきた。
これも英語のお勉強の効用であろう。
これは何か。
世の中に立つのに必要なものは教養である。
教養とは文章であり、文章とは言葉である。
言葉に通じると「教養がある」と世間では言われるのである。
教養がある、とは何か。これは「人間力」だと思う。
人間力とは簡単に言うと「馬力」である。
漢字や文語文に通じてくると、どうも最近の現代人。
あくまでも私の主観であるが、文字を書くのも読むのも携帯で sns だけ、たまに Yahoo News という人が多いのだが、脾弱に感じるのである。
現代人にこそこのような訓練が必要なのではないだろうか。
現代人に必要なのは、5択の英会話の問題を解くことではないのだ。
武士道は難しい英語かもしれない。
しかし、これを読み込むことにより、英語力だけでなく、日本語力も身につき、
同時に教養も身に付く。
何よりも、「武士道」という概念について自分なりの知見を深めることができる。
一石三鳥である。
これこそが効率の良いお勉強というものであろう。
The domineering, self-assertive, so-called master-morality of Nietsche, itself akin in some respects to Bushido, is, if I am not greatly mistaken, a passing phase or temporary reaction against what he terms, by morbid distortion, the humble, self-denying slave-morality of the Nazarene.
英文訓読法で完全理解
矢内原訳:ニイチエの所謂事制的・自己主張的なる主人道徳は、或る點に於ては武士道に近い。併し乍ら若し私にして甚しく誤つて居ないならば、之は同じくニイチェが病的なる歪曲によりて、 ナザレの謙遜なる、自己否定的なる奴隷道徳と呼びたるものに對する一の過渡的現象 若くは一時的反動である。
矢内原訳を私が現代仮名遣い、新漢字で書き換えたもの
ニーチェの所謂(いわゆる)横暴で・自己自己独断的な主人道徳は、ある点に於いては武士道に近い。しかしながら、もしし私が大きく間違っていないならば、これはニーチェが病的なる歪曲によって、 ナザレの謙遜で、自己否定的な奴隷道徳と呼んだものに対する一の過渡的現象、あるいは一時的反動である。
櫻井訳 文語文
或は武士道に髣髴たるもの無きに非らざ る、ニーチエの專權自彊なる主人道德は、若し予にして大過なくんば、即ち彼が又た病的曲解を以て、ナザレ人耶蘇の謙遜克己の奴隷道德と名くるものに抗する一時の反動なり。過渡の現象なり。
矢内原先生の訳本
やわらかな暗記
最後はやわらかな暗記で締め、である。
これをやることにより、英単語、英語表現をマスターすることができる。
何よりも、不思議なことに内容について理解が深まる様である。
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